あっちーの気まぐれブログ

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正直はてなブログなんてメモ帳くらいしか使いみち無いゾ(無能)

「学校へ行かない選択肢」についてマジレスしてみる。

中島芭旺(baoくんと呼ばれている?)が提唱していることですね。さて、これについてマジレスしてみます。

 

まず、子供には小学校、中学校教育を受ける権利が保証されています。そして保護者にはそれらを受けさせる義務が課されています。ここで問題になってくるのが「学校へ行かない理由」です。理由として許されるのは、今後学校生活を送るための手段として学校を休むというものでしょう。つまり虐めを受けている生徒が休む理由である「今後学校生活を受けるため精神愛艇を得るための手段としての一時的な休学」は咎められるべきではありません。

 

では、彼のような「学校へ行くこのを放棄し、自分の好きなことを行う」という理由での休学はどのようなものでしょうか。私は許されるべきでないと思います。まず、人間は子供であれ大人であれ社会的存在とされています。そして日本が義務教育を受ける必要があるとしているなら受けなければなりません。仮にそれらが一切必要のないものであり無駄なものであるとしてもです。それらを拒否するということは社会の規範に背く、いわゆる社会的な存在でなくなるということです。

 

では、社会的存在であることが正しいか。これはもう哲学の範囲になってきますね。私は哲学を学ぶ上では社会的存在である必要があると考えます。哲学とは「現在あるものをもう一度見直す」ということです。そして見直すためには対象が俗にどのようなものか理解し、体験しておく必要があります。彼は義務教育をリタイアしているわけですから義務教育が俗にどのようなものか、自分ではどのように感じるか理解していません。そのような不完全な状態から生まれる哲学は只の屁理屈でしかありません。「学校なんて必要ない!」というのならばまずは学校を知ることから始めなければなりません。それと同じように社会的存在であることに対する疑問も社会的存在になることから始めなければなりません。

 

これらの長ったらしい頭の悪そうな文章を二行でまとめると

 

ガタガタ言うな。学校行け。

文句はそれからだ。

 

 

自殺をする人は弱い人なのか?

news.nicovideo.jp

 

記事の内容はよく分からんからおいといて...

 

自殺する人は弱い人では無いと思いますねぇ。

当然嫌なことがあったら誰でも逃げたくなりますし死にたくなりますよねぇ。

当然の生理現象だと思いますよ。

 

では記事の中で取り上げられている例。鉄道の飛び込み自殺で電車が停まる件。飛び込んだ人を死に追いやった社会に対する当然の報いなんてキチガイじみたことは言いませんよ。

自殺して電車が止まるのは公園のトイレが汚れるのと一緒だと思うの。

公園のトイレ使うとき、「臭いなぁ。汚いなぁ。」と思うでしょ。でもいろんな人が使って汚れるし清掃なんてろくに行われてないからしょうが無いじゃない。

電車が止まるのも一緒でしょうよ。飛び込み自殺する人がいれば電車は止まり、家に帰るのが遅れる。しょうが無いじゃない。そりゃあ疲れてる人にとっちゃたまったもんじゃないけどね。

 

ちなみに「自殺できる勇気があるなら何でも出来るでしょ」定期は「外出先で粗相する勇気があるならトイレまで我慢できるでしょ」と同じだと思うの。粗相する勇気ってなんだよ(困惑)